三菱車の歴史と歩み

三菱車の歴史と歩み

三菱車の歴史と歩み

三菱重工の一部門だった時代から数えると、実は日本の自動車メーカーとして最古の歴史を持つ三菱自動車。
そのルーツを辿ると戦前にまで遡り、長い歴史と技術の結晶が今の三菱自動車を創り上げています。
「ランサー」や「パジェロ」をはじめとした名車によって、ダカール・ラリーなどのモータースポーツ事業にも注力している同社の
知られざる歴史とその魅力に迫っていきたいと思います。

■三菱の歴史のはじまり

三菱自動車としての歴史は1970年より三菱重工の自動車事業部門から独立する形で始まりました。
元々は明治17年(1884年)、三菱の創業者である岩崎弥太郎氏による造船事業から始まったとされています。
創業者の岩崎弥太郎氏といえば、明治時代を駆け抜けた幕末の志士・坂本竜馬と同郷で懇意にしていたとも知られており、その名を知る人も多いのではないでしょうか。
誰よりも商才に長けていた弥太郎氏は、ビジネスの幅を船舶だけにとどめず、重機、航空機、鉄道車両、そして自動車産業に至るまで様々な事業に取り組みました。
1917年には日本最古の量産乗用車「三菱A型」を製造し、三菱ブランドの技術力の高さを世間に示しました。
しかし戦争終結後の1945年、連合国総司令部(GHQ)の指示により財閥解体が決定され、三菱は苦難の道を強いられることとなるのです。
1946年に正式に解散した財閥・三菱は、厳しい管理下の中、それぞれの部門が独立した会社とし動き出すことになりました。
そして自動車部門は三菱重工の一部門として再スタートを切ることとなります。

■初めての量産乗用車「三菱A型」

わが国初めての量産乗用車は、ヨーロッパ車を参考に製造された「三菱A型」です。
1917年に当時の三菱造船で試作され、1921年までに22台が製造されています。
ヨーロッパから取り寄せた車を解体することから始まり、中身のスケッチを行いました。
鋳鉄製のエンジンとハンマ打ち造りの車体枠、大型の木材をくり抜いて出来た車室は馬車製造者の手を借りて製作されたといわれています。
木のフレームに鉄板を張ったボディは漆塗りでコーティングされ、内装には高級感を与えるために英国製の毛織物を使用していました。
ヘッドランプにはガス燈を使用しており、見た目だけでも現在自動車とはとかけ離れた仕様となっていました。

■クライスラー社との連携

1970年に三菱重工から独立する際に三菱自動車は、アメリカのミシガン州に本社を置く自動車ブランドの1つ「クライスラー」と合併する形で合意しました。
1993年に資本提供を解消されるまで、クライスラー出資分の大部分を三菱重工が買収し、資本提供を行っています。
現在は関係が無くなってしまったものの、2009年まで技術提携関係は継続されていました。
三菱自動車は当時開発を行っていた「サイクロンV6エンジン」をクライスラー社の「ギャランΣ」や「エテルナΣ」、「デボネア」などに提供しています。

■四駆のイメージを定着させた車「パジェロ」

三菱に4WDのイメージを植えつけた車種として一番に名前が挙がるのが「パジェロ」です。
オフロード走行にも強く、乗用車として海外で強い人気を誇っていた四輪駆動車。
それより以前から1952年にアメリカのウイリス社と提携して製作していた「ジープ」がありましたが、
ライセンス契約の関係で海外市場に輸出することは叶いませんでした。
4WD車といえば作業用のイメージが強かった日本国内においても、いずれは需要の高まりが見込めることから、
三菱自動車では四輪駆動車の独自の開発が急がれていました。
そうして誕生したのが、三菱を代表する本格4WD車「パジェロ」です。
名前の由来は、アルゼンチのパタゴニア地方に生息する野生動物「パジェロキャット」からとしており、
“野性味”と“美しさ”を兼ね備えたエクステリア、走行性を願って名付けられたとしています。
そしてパジェロの名を世界に轟かせることとなったのが、世界一過酷なラリーとして知られる「パリ・ダカールラリー」です。
市販車無改造クラスでデビューし、その後13回に渡って総合優勝を果たしています。
オフロード性能の高さや乗用車並みの扱いやすさにレースでの話題性が加わり、パジェロは日本のRV・4WD市場を牽引する確固たる地位を築き上げていくこととなるのです。
それまでの作業用4WDのイメージを覆したパジェロが火付け役となり、日本国内でRVブームが巻き起こり、各メーカーから様々な車種が発売されることとなります。
ちなみにRVとはrecreational vehicle=居住用スペースのついた自動車などを差す言葉ですが、当時は4WD車全般に充てた言葉でした。

■四輪駆動車2本柱の1つ「ランサー」

同じ4WD車でも全く違う性能を持つ「パジェロ」と「ランサー」。
前者は特にオフロード走行に長けている車で、砂漠などの道なき道を駆け抜ける力強い走破性を誇っています。
一方後者のランサーはというと、高い旋回性を誇り、いかにカーブを早く曲がり切れるかといったラリー選手権などで大活躍する車種なのです。
通常は走破性を求めれば旋回性は比例して落ちていくものですが、三菱の車にはこの両方が兼ね備わっています。
他にない四輪駆動の技術を実現し、それをレースだけでなく市販車へと反映させています。
4WD車の先駆けとなった初代パジェロのDNAと、ランサーの技術力両方を融合させている、そこに三菱4WDの強みがあるといえます。

■新たな自動車の形態「EV」

巷でよく「EV」という言葉を耳にする機械も多いと思いますが、EV、すなわちElectric Vehicle(=電気自動車)は
実は三菱自動車が世界で一早く生産・販売に取り組みました。
2009年の発売当初、法人向けで販売されていた電気自動車「i-MiEV」は、翌年の2010年に個人向けに販売が開始されています。
世界初の量産電気自動車として、主に環境への取り組みに熱心な法人や個人ユーザーから高い支持を受けています。
軽自動車である「三菱・i」をベースとしていましたが、2018年4月の改良を経て現在は小型自動車扱いとなっています。
地域や時代背景などによって大きく左右される自動車市場において、これからは環境に優しい車・枯渇性資源を使用しない車の開発が進んで行われていく時代となっています。
電気自動車の需要は世界規模で高まっていくものと思われますが、課題も多いのが現状です。
耐久性のないバッテリーだと、消耗するたびに走ることの出来る距離が縮まっていき、パワーも出なくなります。
現在三菱自動車ではそれをカバーできる耐久性のあるバッテリー作りに精力を傾けているのです。

■歴史にその名を残す過去の名車たち

「ランサー」や「パジェロ」にとどまらず、過去多くの名車を残してきた三菱自動車。
一世を風靡した過去の名車をピックアップしていきたいと思います。

<三菱360・ミニカ>

軽4輪の先駆けとなったのが1961年に発売された「三菱360」でした。
ライトバンタイプで、主に中小商工業者をターゲット層に企画・販売されました。
後に軽乗用タイプの人気が高まることを踏んでいた同社は、スタイリングを広く美しく、そして商用車では珍しい車高の低さを実現し、
乗用車感覚で使用もできる車へと仕上げています。
そして「三菱360」発売から一年後の1962年、三菱初の軽乗用車「ミニカ」が発売されることとなります。
車名は「mini-car」からきており、その名の通り全長2,995mm、全幅1,295mm、全高1,390mmのコンパクトなサイズ感で人気を博しました。
ミニカは超がつくほどロングセラー商品となり、モデルチェンジを繰り返し2011年まで販売され、
ダイハツ・ハイゼット、スバル・サンバーに次いで3番目の長命車種となりました。

<コルト>

戦後初の乗用車「三菱500」をルーツに持つ「コルト」。
先代車のシンプルすぎるといわれたデザインと装備を一新しており、初代コルトはスタイリッシュかつ上質なエクステリアとなっています。
マカオ・グランプリレースで優勝するなどの経歴を持つ先代車のDNAを受け継ぎ、コルトも翌年の1963年にマレーシア・グランプリレース(600cc以下の部門)で
1位から3位までを独占するほどの実力を誇っています。これが世界に三菱自動車の技術をアピールするきっかけとなり、発展の原動力となったことはいうまでもありません。
そして一度生産終了となったコルトですが、2002年に再びその名前が日の目を見ることとなります。
エクステリアはベンツのCクラスのデザインを手がけたオリビエ・ブーレイ氏によるもので、その堅実で機能性のある造りで人気を博しました。

<RVR>

現在自動車市場ではSUVが人気を博していますが、その先駆けともなった元祖モデルが「RVR」です。
「パジェロ」のような本格的オフロード走行とまではいかなくとも、ライト感覚に乗り回せるRVタイプの車の需要が高まることを予想し、1991年に企画・販売されました。
「RVR」とはその名の通り、走りの良いレクリエーション車両を意味しています。
2.0L DOHCエンジンとフルタイム4WDによって、オンもオフも快適な走行を実現。フルリクライニング機能、後席左側には世界初のインナーレール式スライドドアを採用するなどし、
現在のSUVの形に近しいものがこの時代に完成しました。
そして1993年には電動オープンルーフを採用した「RVRオープンギア」を発売しており、新しいRVモデルとして注目を集めました。

■まとめ

4WDといえば三菱自動車とも言われるほど、四輪駆動車における先駆けの車を造り上げた三菱自動車。
いち早く時代のニーズを掴み電気自動車の開発を進めるなど、常に先見の明を持ち一歩先を見据えている同社です。
自動車業界において今後も新たなニーズの発掘者になってくれることでしょう。